ムロツヨシの壮絶な生い立ち!本名非公開の理由は?40年ぶり母との再開 - Hizukinablog

ムロツヨシの壮絶な生い立ち!本名非公開の理由は?40年ぶり母との再開

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ムロツヨシさんは、俳優なんだけど、お笑い芸人のように周りの人を笑わせる能力が高い喜劇役者として有名。そして演技力と笑いのセンスにその頭の回転の速さは誰もが納得する。名前もそうだけど、会話を聞くと忘れられない存在。この記事では、男女問わず人気があり、唯一無二の存在になっているムロツヨシさんはその明るさとは裏腹に壮絶な生い立ちですをお持ちです。そしてのその生い立ちが結婚感に影響しているという話を紹介します。

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ムロツヨシの壮絶な生い立ち

ムロツヨシの壮絶な生い立ちに明石家さんまの愛あるツッコミ

2019年5月19日放送の『さんまのまんま』に出演したムロツヨシさんがMCの明石家さんまさんに壮絶な生い立ちを明かしました。
想像を超える壮絶な内容で、その内容を明るく語るムロツヨシさんがいました。
その内容は、

明石家さんまさんとは初対面というムロツヨシさん。この日は初めて家族を現場に呼び、さんまさんとのこのやりとりを楽屋で見てもらっていると笑顔で明かした。その「家族」について、「僕が4歳の時に離婚して、預けられた先のところなんですけど。親戚の家。両親が離婚して…」と、自身の境遇を打ち明けたが、突然さんまが「ハハハ~」と大笑い。

この姿に、ムロツヨシさんは「やっぱり、笑ってくれると思ってました。(黒柳)徹子さんとさんまさんは笑ってくれると思いました。徹子さんも『まあ、面白い』って言って」と感激。この撮影に一緒に連れてきた、楽屋にいる叔母と叔母の娘2人の子供たちに「この家族でよかった!叔母ちゃん!」と興奮気味に呼び掛けていました。

さんまさんは「やっぱりそんな人生かって。ムロってそうか。普通に育ってないだろうなって。お前、ゆがんでるもんな」「ゆがんだまま真っ直ぐに育ってきたんだな」と愛情を込めて話すと「そのゆがみのおかげで役者を目指しました」と、うれしそうに返答。さらに、さんまさんが「(実の)お父さんお母さんとは会ってないの?」と尋ねながら引き笑いすると、ムロツヨシさんもつられて「いやあ、人生って楽しいですね」と大笑いしていた。

ひずきなのつぶやき:当時『さんまのまんま』のゲストがムロツヨシさんということで更に楽しみに拝見していていました。ムロツヨシさんの壮絶な生い立ちの内容に明石家さんまさんのツッコミはなんだか愛情を感じました。

さんまさんご自身は3歳の時に実母を病気で亡くされています。小学校高学年の時に父親の再婚で義母に冷たい仕打ちを経験しているので、そのさんまさんからのエールの様に感じました。
さんまさんと黒柳徹子さんは流石です!笑ってあげる優しさ。しんみりされると話す方も話ずらいですものね。

ムロツヨシの壮絶な生い立ち

ムロツヨシさんの生い立ちについて、幼い頃のご両親に対する記憶は夫婦喧嘩をしていること。幾度となく夫婦喧嘩を繰り返した後、トランクに荷物を詰めている母親の後ろ姿を、ムロツヨシさんは今も覚えているそうです。結局、両親は離婚。

ムロツヨシさんが4歳の時に両親が離婚し、5歳年上の姉とムロツヨシさんの親権は父親が持ちました。ですが、姉と2人、親戚の家に預けられたムロツヨシさん。その理由は、親権を取った父親が育児放棄し、子供が3人いる女性の元へと家を出ていったから。

結局、ムロツヨシさんと実姉は、父方の祖父母のもとに身を寄せ、4人で暮らしていたそうです。子どものころのムロツヨシさんはお調子者でした。親戚に育てられたので、明るく振る舞わなきゃとそれが生きる術だったんです。嫌われたら生きる場所がなくなってしまうという防衛本能だったそうです。それに家庭内で不幸じゃないとアピールしなきゃならなかった。預かってくれているわけですから。だから小学校に行っても、みんなが笑ってくれたほうが安心しましたし、人が笑ってくれていれば、僕の存在意義はあるんだって子供ながらに感じたそうです。

その後、出て行った父親がなぜか先程の女性家族とはちがう新しい家族を連れて「再婚する」という理由で戻ってきました。2人の子供がいる別の新しい女性だったですが、父親はアパートを2室借り、1室はムロツヨシさんと実姉、祖父母が生活。隣の部屋に父の新しい家族が住んだという不思議な生活が始まったそうです。後にムロツヨシさんの祖母はそれが原因で心身のバランスを崩し、一家は鮮魚店を営む親戚夫妻の家へ転居。祖母、親戚夫妻と娘2人、実姉の7人で暮らすようになったそうです。

ムロツヨシ偏差値の高い大学に通うも中退

ムロツヨシさんは高校時代、偏差値が高い大学を選べば安泰で幸せな将来が待っていると信じ、一浪の末、東京理科大学の理学部数学科に見事合格しました。

ひずきなのつぶやき:頭の回転がすごく早くて面白い会話をされるのは、やはり地頭が良いからなんですね。

ところが、大学に入ったとたん「自分は何をしたいのだろう」と思い悩むようになります。それは、周囲にいるのは目標を持って勉学に励む同級生ばかりで、いつしか劣等感のようなものを持つようになったといいます。

ムロツヨシさんは、中学生のころから深津絵里さんの大ファンで、そんなある日、深津さんが出演する舞台『陽だまりの樹』を見に行ったそうです。その舞台で段田安則さんの泣き叫ぶ演技にすっかり魅了されてしまったそうです。それがきっかけで『あっち側の人間になりたい』って思った。『あ。俺、芝居やりたい』と直感で思った。自分の気持ちを確認するために、翌日も同じ舞台を見に行きました。それからは役者になろうと動きだしたので、大学に通ったのはたったの3週間くらいだったそうです。「ムロツヨシ」誕生の瞬間だったと語っています。その一方で同時期、またしてもムロツヨシさんは悲劇に見舞われていました。

後に「大学中退」の決断をインタビューでこう振り返っている。親戚や祖母はせっかく入った大学なのだからと止めてくれたけど、経済的に逼迫したことも大学を辞める一因になりました。私立理系の大学って学費が高い。退学するのに迷いはありませんでした。その時期に『親父の借金の連帯保証人になったばかりに、身を寄せた親戚が自己破産しちゃった。そこから親父と会わなくなりました』と明るく打ち明けていました。ムロツヨシさんに金銭トラブルの詳細は説明されず、彼は『一人でやりたいことをやって、育ててよかったと思ってもらえるようになろう』と考え、役者の道を進むことを決めたそうです」

(出典:『さんまのまんま』・『婦人公論』15年10月13日号)

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ムロツヨシ親の離婚が原因で結婚できない

2019年5月19日の『さんまのまんま』でムロツヨシさんはその壮絶な生い立ちが理由で、結婚ができないと明かしていました。結婚というものに対して良いイメージがなく、ムロツヨシさんが幼い頃に見ていた家族というものが、親の結婚生活は喧嘩ばかりで、恐怖感に似た感情を持っていて、「普通の家族の姿」というのがわからないといいます。だから結婚したら、奥さんにどう接していいのかがわからないので、結婚した結婚した自分というのが考えられないし想像つかないと明かしていました。

ひずきなのつぶやき:確かにそういう環境に育ってしまうと、どうしたらいいのか?イメージができなくて、結婚に踏み込めないのかというムロツヨシさんの気持ちも分かるような気がします。

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ムロツヨシが本名を公開しない理由は

ムロツヨシさんが本名を公開しない理由を調べてみるととても奥が深いです。
『徹子の部屋』に出演した際、ムロツヨシさんは本名を隠す理由について「本名が珍しい名前で、その名前で活動するとすぐに親にバレてしまい、迷惑をかけてしまうかもしれないから」と語りました。ムロツヨシさんは、両親がテレビに映る自分を目にして、複雑な思いを抱かないようにするために配慮しているようです。

ひずきなのつぶやき:この話を聞いた時、なんて器が大きくて配慮のできる人なんだろう、幼い頃から周りの人の笑顔になることを第一に考えて過ごしてきたムロツヨシさんって、本当に優しくて強い人だなと込み上げてくるものがありました。

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ムロツヨシの壮絶な生い立ちに40年ぶりの母との再開!!

2019年5月19日放送の『さんまのまんま』に出演したムロツヨシさん、同番組の2回目の登場となるムロツヨシさん。2021年10月1日フジテレビ系「さんまのまんま秋SP」に出演し、実の母に約40年ぶりに再会したことを告白しました。 1回目の出演時に4歳で両親が離婚して以降、実の母親とは会っていないことを明かしていた。

MCの明石家さんまさんは、同放送内で、母親はテレビなどを見てムロが息子だということに気づいているはずだと断言していた。ムロツヨシさんは、19年の番組オンエア後10日ほどして、所属事務所に実の母から手紙が届いたと伝えた。「『さんまのまんま』を見て、わたしが産んだ子だとわかりました。お会いできませんか」とつづってあったという。

ドキュメンタリー番組のような展開にさんまは「この番組で話す内容とちゃうやろ」と自虐を込めて驚いた。会うかどうしようかと迷いって相談したリリー・フランキーさんに「会わない後悔より会う後悔。行ってきたらどうだい」と背中を押され、会う決心をしたそう。対面は都内のホテルで1時間ほど。

互いに涙はなく、母は「あぁ!やっと会えました」と漏らした。謝罪の言葉はなく、「いろんなお話をしたいけど、いろんな人の悪口になってしまうから」と40年前の詳細な事情を語ることもなかった。ムロツヨシさんも追求することはせず、「『お母さん』とは呼べませんでしたけど、いろいろお話しまして、言えましたよ『産んでくれてありがとうございます』って」とさんまさんに報告。

ムロツヨシさんは、母親のことは恨んでおらず、「この家庭環境のおかげで役者という道を選んで意地にもなれた」と感謝し、「『お幸せを願わせてください』ということはお伝えしました」とやりとりを伝えた。さらに、ムロツヨシさんを育ててくれた「親戚のおばちゃん」には収録前に「産んでくれたお母さんとお会いしました」と報告していたことも明かした。「ああ、そうかい、よかった。会えたんだね」とシンプルに喜んでくれたという。さんまは「いい環境で育ったなぁ」とどっしり受け止めた「おばちゃん」に賛辞を送り、ものすごい展開に更に良い番組でした。

(出典:Yahooニュース)

ひずきなのつぶやき:番組を見て、こんな展開になるとは思っていなかったので、本当に良い番組だなと思いました。その当時の番組をムロツヨシさんのお母様が試聴されてて本当に良かったと思いました。

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まとめ

最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
みんなを笑顔にする明るい性格のムロツヨシさんですが、幼い頃から乗り越えて来たものがとても大きくて深いものだったと思います。そして、その反面、親戚の方々がムロツヨシさんに注いでくれた愛情もちゃんと受け取って育って来たからこそ、現在の素敵な魅力あふれるムロツヨシさんになられたんだと思います。今後のご活躍も応援しています。

 

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